青年相撲大会


この辺りだろうと曲がりかけたら「違う、違う」の声が飛んできた。
神社の前には何時もより車の音が多くて私はどうやら、勘ちがいをして少し早く曲がり始めたらしい。
17日は青年相撲大会が公園の相撲場で催されるので、早々と練習に来た人達の車が多くて私を惑わせたらしい。
今でも相撲大会があるのだなと感心する。
広場に到着して回り始めると「ねえちゃん」と古希に近い私を呼んでくれる数少ないオジイチャンが何回目だ?と気にしてくれる。
昨日は県外に嫁ぎ40そこそこで脳出血になって半身不随になった友から久しぶりの電話があった。
昨年、2度目の発作で又一団と体が不自由になったと告げられた。
洗濯物も干せなくなったと言う。
ちょっと口説きを聞いてわが身の不自由ながら何でもできる身を感謝する。
民族移動の騒がしい時期も通り過ぎようとしている。
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# by siho306 | 2005-08-17 08:12 | Comments(0)

使いこなせなくて


今度の旅に初めて持参した物、先ず携帯電話だった。
これは羽田に着いた時に成田で迎えてくれる人に乗るバスの時間を知らせるために持参した。国外に出れば使用できないから電源を切ることになるが10日近く電源を切りっぱなしでどうなるか不安だったので、家を出る寸前に充電をして、羽田でその役割を終えた跡、電源を切って置いた。
帰宅したときには電源を入れても起動は出来ず10日間の間に充電したはずの電気は無くなっていたようだ。
モウ一つ持参した物ICレコーダーである。
この使い方が未だ充分熟知していないのでおっかなびっくり出とにかく、ホルダを確認しては録音を重ねた。
ところが特にミュージックホルダを選んで録音したはずのものがそこには入っていなかった。

そこを開くとファイルがありませんと言う。
だってあんなに慎重に選んで録音したはずなのにどうして?と情け内思いで、他のホルダを聴いているとそこの中にあった。
その辺が未だ私には分からない。
バスの中のガイドの音声もあまりよく聞き取れない。
外で風邪の強い日のガイドの声もよく入っていなかった。
何せ初めての経験だったのだから、これくらいで良しとせねばなるまい。
長らくホームページの「しっぽの旅」の更新をしていないのでこの旅のことを楽しみにしていてくださる?人たちのご要望に答えるべき駄文を綴っているが、ブログと重ならないようにと私なりに配慮しているので、更新は来週辺りになるだろう。乞う、ご期待!!などと前宣伝をしていいものやらどうだろう??
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# by siho306 | 2005-08-16 08:39 | Comments(0)

私の終戦記念日


その日を迎えたのは国民学校4年生だった。
疎開先の村だった。その日の丁度三ヶ月くらい前に建物疎開で生家はなくなっていた。父はその前年に戦死していた。私には皆がよく言うようなラジオで詔勅を聞いたと言う記憶は無い。
ただ母が占領軍が来たら山に逃げなければならないかも知れないと言う言葉だった。疎開での学校では開拓として農作業をすることが多くて私は欠席がちだったと思う。
敗戦から約一年後元の住所跡に新しく家を再建するまでの春秋私は村の学校の生活を経験した。
農繁期休暇があること稲刈り麦刈りの違いそれは今でもしっかり記憶している。
水の流れを利用して里芋の皮を剥く物がゴトゴト回っていた小川、干し柿を作るために田んぼに突如小屋が出来たこと、雪の凍った日は路では無い雪の上を学校までまっすぐに歩いて行けることなど取り止めの無い思いでである。
そうそう、遠足に行くのに母が何処からわらじを用意してきて初めてそれを履いた経験。
ヒモジカッタト言う記憶は無いところを見ると、母が飢えることの無いように育ててくれたのだと思う。ただ物を無駄にしてはいけないと言うことはしっかりと身に付いている。
すっかり変わった世の中で混乱期に家を建て父の無い子としては恵まれた育ち方をした私は幸せ者である。
そして思うこと、絶対に戦争はしてはいけないと言うことである。
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# by siho306 | 2005-08-15 07:45 | Comments(0)

中世の晩餐会


アイルランドでは15世紀頃、石の長方形のお城を作ることが流行ったという。
そこで現在でも百以上のこの頃作られたお城が残っていて、その一つであるバンダッティ城でそれをテーマーパークのように利用して中世の晩餐会を体験すると言うのに出会った。
ショウに参加しながら食事を楽しむと言う趣向である。
先ずゲストの中から王様、王女様、悪人を選んで簡単な劇を演じながら食事を進めていく。
この食事がカラフルな涎掛けのようなエプロンを銘銘が着け、運ばれてくるご馳走を手づかみで頂く。
先ずスープは木製の抹茶茶碗ほどの器に盛られたのをスプーンでなく直接器に口をつけて飲む。ワインなども壺に入れて好きなだけ飲めるようになっていた。
めいんでぃっしゅも手づかみで食べるので卓上にはフィンガーボールも置かれていた。
私達の晩餐会で選ばれたのは何処かの国から来たカップルだった。ショウが終わった時にこの王様役は謝辞を述べ、王女様役は感激の涙を流していた。
中世の衣装を着けたショウに参加した人々がハープを演奏したり独唱したり合唱したりとても素敵なものだった。
石で作られたお城は壊れずに今でも沢山残っている。木製部は壊れても石は廃墟として多く残っているようだった。
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# by siho306 | 2005-08-14 08:12 | Comments(0)

雨の洗礼


昨日は一歩も外へ出なかった。
今朝は雨が止んでるようなので傘持参で出かけた。
ところが広場を一周した頃から又降り出し、あっという間にかなり強くなり戻ってきた。
アイルランドもよく現地ではシャワーと呼ばれる霧のような雨が降った。
旅支度をする段階でセーター類も必要と書いてはあったが、とてもウールの類を手にする気にはならず、厚地のリネンのジャケット、薄い綿のシャツ風な上着、それとリュックに入れてもかさばらない薄手のブラウスの他はTシャツを沢山準備して出かけた。
何時も涼しいですよと言われて出かけたヨーロッパで異常天候だという暑さに見舞われて、どうにも涼しいと言うことが信じられなかったのである。
ところが今回は違っていた。
コークというアイルランド第2の都市に降り立った時から成田を出た服装では寒かった。手持ちのブラウスを羽織っても未だ寒いくらいだった。
ウールの類を持参しなかった私は長袖のTシャツなどを重ね着した上にジャケットを着て、時にはシャワーに備えてフード付きのウインドウブレーカーを着用して過ごした。
アア忠告に従って薄手のセーターかベストなど盛ってくれば良かったなと反省仕切りだった。
一番活躍してくれたのが山へ行くときに使うフード付きのウインドブレーカーだった。
暑がりの私も今回は全く涼しさを時には少し寒いと思えるくらいの気温を体験してきた。
でもアイルランドはメキシコ湾海流の影響で冬でもそんなに寒くは無いとのことだった。雪も2センチも積もれば大騒ぎをするとガイドは言っていた。
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# by siho306 | 2005-08-13 07:54 | Comments(0)

親善大使


私の住む市が姉妹都市のお約束をしているブラジルへ親善大使として4人の中学生が行っって来たお話を聞く機会があった。
撮ってきたデジカメの映像をプロジェクタを使って説明してくれると言う会だった。
地球の裏側のブラジル、サンパウロから又、600キロ離れたミランドポリス(だったかな?すぐに名前を忘れてしまう)で歓迎行事を沢山してもらって楽しかったと言う報告だった。
土地は赤く、車はさとうきびでとったアルコールで動くことなど若者らしい視点での報告だった。多分初めての海外体験だったらしい初々しいお話だった。
まあ、私に言わせて貰えばご本人よりPTAの方が熱の入っている様子もほほえましく楽しく過ごさせていただいた一夜だった。
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# by siho306 | 2005-08-12 08:09 | Comments(0)

食事のこと


肉料理なるものを1人暮らしの食卓には滅多に載せなくなっている。
そこで旅の最終案内でローストチキン、ビーフ、ターキーの積めた物などの食事メニューを読んで、これは楽しいと思った。
ところが現実にテーブルにつき、前菜、めいんでぃっしゅ、デザート等をそれぞれ数種類の中からチョイスして目の前に届くとモウいけない。
前菜だけでお腹が一杯になる。
手をつけたお皿の物は残してはいけないとの教えが身に付いている私は残すと言うことにすごく抵抗がある。
でも全部食べていては身が持たない。
現地のガイドの残ったものは食べさせる家畜がいるのだから遠慮せずに残していいとの言葉にようやく残せるようになった。
外国を旅した人なら誰もが経験するだろうが一皿が日本人には多すぎる。
私だけではなくて、皆さん勿体無いを連発しながら残すのである。多量に残す私達の食事をウエイターはどんな思いでかたづけているのだろうと私は考える。
地球上には飢えに苦しんでいる人も多いのに何と勿体無いことをしているのかと心が痛む。
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# by siho306 | 2005-08-11 08:34 | Comments(0)

学ぶ姿勢


何処のレストランだったろうか?
片言の日本語を駆使して?愛嬌を振りまくウエイターがいた。
「ドウゾ、ドウゾ」「ドウイタシマシテ」等と給仕をしながら知っている日本語を使ってサービスに努めてくれた。
数字もちゃんと1234・・・と言え10になるとトイチというので私達は噴出した。
誰か教えた人が面白おかしく教えたのだろう。
とても熱心にアイウエオカキクケコも言え、誰かがローマ字で書いてあげているようだった。
そう言えばバンクーバーのレストランでもキャロットは日本語でなんと言うのかと聞き、胸ポケットの手帳に書きとめているおじさんウエイターがいたっけ。
今回のバスのドライバーも日本人ガイドから運転中に簡単な日本語の教授を受けていた。
日本人のお客が多いので熱心に言葉を覚えようとするその態度はまことに偉いと思う。
何事も学ぶと言うことは大切なことだと私はその熱心さに感心したのである。
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# by siho306 | 2005-08-10 07:14 | Comments(0)

海老で鯛を釣ったお話

帰宅以来、少し落ち着いてきた。
何時も旅に出ると、皆さんがバス移動中などに飴やキャンディを下さる。
私は間食をしない主義なので何も持たずに出かけて頂くのみであった。
今回はこれではいけないと熟慮?の末、富山湾の白海老を素材にしたおかきを持参した。
ギネスという黒ビールを作る工場で見学の後、試飲をすると言うので、その見学の直前に海老のおかきを皆さんに進呈して試飲の際のおつまみにでもと渡した。
さあ、試飲を終えてバスに戻ると「海老で鯛を釣ってきたよ」と声をかけて下さる人があった。
黒ビールをグラスに注ぐには技術がいるらしい。泡の出し方など難しいらしいがグラスに注がれたビールを飲みながら、海老のおかきを食べていると、注いでくれる女性がジーっ戸おかきを見ているので、彼はそれを彼女に進呈したと言う。
すると注ぎ中まで回し賞味してニッコリ彼にビールの特配をしてくれたと言う。
そこで海老で鯛になったのである。
自慢じゃないけど、あのおかきは上品なお味で美味しいんだから、誰にでもその美味しさが分かるんですよね。
富山の名産を世界?に広めて、少し肩身を広くしたお話でした。
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# by siho306 | 2005-08-09 08:43 | Comments(0)

つくつく法師


早朝の公園でつくつく法師の鳴き声を耳にした。夜明けの時間もすっかり遅くなったように思える。
季節は確実に移っている。
徐徐に緊張がほぐれて昨夜は久しぶりに熟睡できた。
楽しかった旅の印象が薄れないうちに書き留めたいと思うのだが未だ留守中の残務?整理が多くて書く気持ちにはなっていない。
初めて飲んだ黒ビールの美味しかったことなど断片的に思い出しながら今日の日を送りたい。
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# by siho306 | 2005-08-08 08:14 | Comments(0)