自己満足

ふと気がついた。ブログを初めて二ヶ月になることに。
高齢で障害を持つ身になって、捨てなければならないことばかり多かったのに、久しぶりに新しい玩具?を手に入れた気分で、何とか二ヶ月過ごしてきた様に思う。
住む世界が狭く、話題も限られた中で、今朝は何を書き込もうかな?と考えるのが呆け防止になりはしないかと続けてはいるのだが、独りよがりに陥っているのでは?と不安にもなる。
そんな時にコメントをつけてくださる人があると、ホットする。私のかいたもので元気を貰ったとか面白かったなどとかいてもらうと、心が豊かになる。
社会の一員として生きているんだなと思うが、とにかく視野が狭いのである。無理せずに自分で感じる範囲で続けていけたらいいなと願うのみである。
でも、意外とパソコンを操作する人の中にもブログって何?と聞く人が多い。知らない人に説明しても関心の無い人も多い。私はこれを知りえたことに自己満足している。
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# by siho306 | 2005-03-31 08:36 | Comments(2)

おねだり

朝のメールチェックをしていると、一つある人を励ます会の参加呼びかけのものがあった。この人を縁結びとして結成された会があった時、私はがいどへるぱーを利用して参加した。
それ以来いろんな活動の誘いを受けても、一人では知らない場所への出席はおぼつかなく、ガイドヘルパー利用のための,手続きのわずらわしさを思うと、総て、パスしてきた。
でも今回は参加したいなの気持ちが強く、もし、どなたかJRの駅まで迎えに来てくださる有志があれば、参加がしたいとの返信をした。
すると間髪をいれず、「喜んで」という返信を下さった。
私が移動をする時には、初めての場所だととても一人では行けない。
市内ならばタクシーを利用して出かけるがJrなどを利用せねばならない時には、どうしても見送ることになる。
同じ障害者同士の集まりなら、皆でごぜさんのように、連なって行くのだが、健常者の集まりで見知った人の無い会合には、どうしても、遠慮が先立って助けを求め難いのだ。
今回は思い切って、T駅までは一人で行くので、そこへ迎に来て欲しいとの気持ちを伝えた。
すると、快く、応じてくださったのが嬉しく、この会への参加を楽しみにしている。思い切っておねだりのメールを書いたけど、これでよかったのかしら?の気持ちもちょっとは残っているけど・・・。
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# by siho306 | 2005-03-30 08:34 | Comments(0)

アズキシマトヤキウリ

生協の商品案内をテープに吹き込んだ物が届いた。二度目である。
これは短期間に多量の案内を吹き込まねばならないので、県内を何箇所かに分けて、分担して有志が吹き込みをしているらしいことが分かった。
最初は三本のテープだった。今回は四本のてーぷだった。
これを吹き込んでくださる人たちもご苦労様だが、聞くのも大変である。
ボーっと聞いている何本目だったろうか「アズキシマ素麺」と耳に飛び込んできた。「エッ、アズキシマ?素麺の特産地に小豆島があるけど、それじゃない?」と思った。
地名、人名は読み方が難しい。それは分かっているけどアズキシマは無いんじゃない?と一人で笑い出した。
そう言えば、数年前対面で商品案内を読んで貰ってる時に、「ヤキウリ」と何度も言われ「ヤキウリって何だろう?」と考えて、前後の様子から「シューマイ」ではないかと気づいた。
そこで私が読んでくれてる人に恐る恐る尋ねてみた。
彼女は音訳の仕事に長年携わってきた人なので、その種の辞書は持っていて、調べるとまさにその通りだった。文字の読み方は難しい。でも、でもアズキシマやヤキウリは無いんじゃない?と老婆の私はちょっと不満なのである。吹き込んでやろうと言うお気持ちはあり難い。その気持ちに対しては感謝あるのみだが、もう少し勉強・・・と願う私はやはり我がまま者なのかも知れない。
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# by siho306 | 2005-03-29 08:37 | Comments(2)

発表会

例年のごとく、社会保健健康せんたーにある各サークルの発表会があった。
共通の知人が出演するとのことで、私も誘ってもらって、文化ホールへ出かけた。
生涯教育が盛んになって、いろんな勉強をする人が随分多くなった。各サークルの発表会は華やいでいる。年々派手になるように思える。
例えば詩吟で合吟する女性軍は総て留袖を着用しているといる。
趣向を凝らして一年間の成果を繰り広げる舞台を観ながら、私も何度かこの舞台に上がったことを思い出した。勿論、その他大勢の一人としてであったが、一度だけ、舞台の中央で、指導者から大きな花束を貰ったことがあった。
あれはモウ、はるか昔のように思える年代になった。
出演者の力演を少しだけ鑑賞して、春風の吹く中を帰宅した。
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# by siho306 | 2005-03-28 08:34 | Comments(0)

朝の公園デビュー

北陸地方は晴れの天気予報を聞いて、じゃあ、今朝は朝の散歩に出ようと、未だ明け切手いない外に出た。
ポストに寄って返還するテープを投入し、例年のコースで歩き始めた。
ボチボチ歩いている人がある。
車の往来は無いので、道路中央の融雪装置の上を歩く。勿論、車の音が聞こえると、素早く側溝側によるが、車が来ないうちはそれを目印にして歩く。
公園の入り口近くで会った男性が先ず、「久しいね。」と声をかけてくださった。
彼とは反対周りで歩き始めると、追いついてきた女性が手を取ってくれた。
顔馴染みである。手を引いてもらえれば〆たものである。
思いっきり早足で歩ける。
一人では行けない小竹藪から梅園を通り、すっかり匂っている中を歩いた。
出会う人が、皆声をかけて下さる。それぞれの表現で私を歓迎してくださるのだった。
冬の間も欠かさずに来ていたという人は、今朝は何時に無く広場は盛況であるという。
皆、冬篭りから抜け出そうと集まってきたようである。神社の裏側から日の出が見えて、オレンジ色に輝き、とっても美しいと話してくださる。
体操の時間が来て、広場で三々五々それぞれの好みの場所で体操をして帰路にツイタ。
待っていてくださった皆さん有難う!!
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# by siho306 | 2005-03-27 08:04 | Comments(0)

エンディングノート

三月下旬にしては冷たすぎる風の吹く中を、かねて約束のお食事会に出かけた。
駅前のビル三階にある和食レストランに集まった三人は、それぞれ違った人生を歩いてきたが、今共通しているのは一人暮らしをしているということである。
少し奮発した会席膳の美しいお料理をいただきながら、話した中にエンディングノートのことがあった。
自分史や迎える終末をどう過ごした以下を記録するこのノートが中高年の間で、静かなブームを呼んでいるというニュースは、私も聞き及んでいる。
彼女たちはそれを書きたいらしく、帰りに本屋へ寄ろうと話している。
立ち寄った本屋の店頭にそれは無くて、店員は種類が多いから、自分の好みに合ったものを、通信販売で求める客が多いのだと話していた。
それを聞きながら、私のエンディングノートは、ホームページだわと思った。
お蔭様で私はささやかなホームページを持ち、その「日々雑感」にその時々の思いを書いている。
迎える終末にどうしたいかも書いたつもりである。
改めてエンディングノート等書く必要は無いのだと時折、雪の舞う中を帰宅した。
明け方から喉がちょっとムズムズするけど、大丈夫かしら??
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# by siho306 | 2005-03-26 08:37 | Comments(0)

別れの季節

三月のパソコン勉強会はこの春、中学を終えて、東京の盲学校へ進学するS君を送る会もかねていた。
彼はこの勉強会で最小の年齢、それに比して私は最高年齢である。
そこで彼に記念品を贈呈する役を承った。彼とは先日の雪のトレッキングにもご一緒したが感想として私は疲労感をあげたが、彼は寒かった!!である。

そこでも私は自分の年齢をひしひしと感じさせられた。
会員の皆さんから一人ひとり贈る言葉を受けて、彼は大きくはばたいていくことだろう
。会から帰るのを送ってくれたI氏は今、妻が膝の人工関節を入れる手術で入院中で目下主夫業をしているというので、私は彼に一人暮らしの家事に関するさわりを一つ教えてあげた。
この日は午前からスケジュールが珍しく詰まっていて、大勢の人と接することが出来た。私のささやかな社会体験の日になったのだった。
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# by siho306 | 2005-03-25 08:33 | Comments(0)

点字と私

初めて、点字を習い覚えて最初にしたのは、家計簿の費目名を封筒に打ち込むことだった。
当事、私は一ヶ月の家計費を、費目毎に分けて使っていた。
その費目名を打ち込み読めたのは感激だった。
視覚障害者として生きていくには点字が必要だと思って、習おうと思ったのだが周囲は「50を過ぎて、点字を覚えた者はいない」などと冷やかしの目で見ていた。
私は必死に取り組み、どうにか読めるようになった。
点字と言うのは書くのは、理屈さえ覚えれば、簡単に書ける。
読むのが大変なのである。
打つ面と読む面は反対である。故に、私は数字の4と6、5と9は慌てると間違える。文章に関しては得意の推測読み?で苦労が無いのだが、数字はそうは行かない。
まして電話番号などを急いでメモすると間違えていることがある。それでさっぱりメモが役に立たないというヘマをやらかす。
今は簡単にテープやパソコンで記録をすることが出来るが、やはり、点字は視覚障害者には大切なものである。
というのは、金融関係の証書類に契約日や金額をメモしたものを、入れておくことによって、人手を借りずに、自分で処理が出来るからである。せっかくものにした点字を忘れないために、就寝前のひと時を、点字の本に親しむことにしているのだが、ロッキングチェアにスワって膝に本をのせて、読み出すのだが、つい舟を漕ぎ出す。
本を落としたり、BGM代わりにつけているTVの音楽にふっと呼び覚まされる。
興味の持てる本はチャント目を覚まして、読むのだが、興味の無い内容の本には、てこずる。
でも借りた以上は、読んでから返さねば悪いという律儀な気持ちも、持ち合わせているので、なかなか読書ははかどらないのである。
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# by siho306 | 2005-03-24 08:36 | Comments(0)

放送開始80年

NHKラジオが放送を開始して、80年がたったということで、いろいろな記念番組がこの四日ばかり続いた。
私はラジオを時計代わりに、時間の許す限り流している。
パソコンに出会って間の無い頃、MSドスの時代だったが、パソコンからFAXを送る事を教えてもらって、大変嬉しかった。
視力を失って、文字の世界からはみ出している身に、ポストへも行かずに、自分の思いを発信できるということは、本当に嬉しかった。
そこでNHKの番組にも送信して何度か取り上げてもらい、その反応のあることに、一人ニヤニヤ楽しんだものだった。今は全く、FAXなどには興味を失っている。
HPやブログが楽しいのである。
話はそれたが、今朝のラジオ深夜便の「日本の歌心の歌」は古賀政夫音楽博物館での特集番組の録音を流していた。
北原白秋、西条八十、野口雨情などの歌の作詞された時の情景を話しながらの番組だった。
これが結構楽しいお話で、ベッドの中ですっかり目が醒め、しっかりと楽しませてもらった。
ラジオは私にとって、パソコンに次いで、大切なお友達である。
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# by siho306 | 2005-03-23 08:43 | Comments(2)

嬉しい散歩

春の三連休の終わりの日、気持ちよく晴れていたので、公園へ再び出かけてみた。
雪囲いは取り払われて大分、お化粧なおしは進んでいるらしい。休日なので来園者がとても多くて、熟年夫婦や若い子連れのファミリーの声が賑やかである。
それにつれて、駐車があちこちにしてあり、少し、困ったが、迷子にならず、広場にツイタ。
私はこの広場を5周するのを、最低のノルマと自分に課している。
その三週くらい終えたとき、近づいてくる声が「分かる?分かる?」と言う。
私たち視力障害者には先ず、名乗ってもらわねば、よほど聞きなれた声以外は分からない。「ウーン」と考えて数年前に身を引いた体操教室で一緒に汗を流した若い、と言ってもかなりおばさんであるらしい。「Hさん?」とおっかなびっくり出言うと、嬉しそうにそうだと答えてくれた。
「主人と16才の老犬と来たのだと言う。少し立ち話をして、別れ、私は残りのノルマを終えて無事に迷子にならずに帰宅が出来た。
これだったら、モウ、昼間の公園散歩は大丈夫である。
もう少し朝の最低気温が上がれば念願の朝のウオーキングも一人で行けそうである。
公園へ出かけることは、私にとって運動は勿論人との出会い、交流の場になるので、これから許す限りでかけたいなと思うのである。
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# by siho306 | 2005-03-22 08:07 | Comments(0)