春祭り

春祭りである。
メーデーと重なるので何時も大勢の人出である。子供の頃は市のお祭りで学校は二時間くらいの短縮だったように思う。
帰宅して袂の長い着物を着せてもらい、お友達と連れ立ってお宮様へ出かけた。
道路の両側には露天商がびっしり並び、赤い水やこんにゃくの串に刺したの、綿菓子、お面などと普段は見られない品が並んでいた。
人並みに押されながらポックリで歩いた。メインのみくるまやま「御車山」こう書くのだったろうか?は子供同士では見に行かなかったように思う。
家へのお客も多い時代だった。
今はどうなのだろう?
女の子も着物など着なくなったようだし露天に並ぶ品もすっかり変わったようである。
お祭りにしか食べられなかった赤飯やエビスなども今ではいつでもお店へ行けば売っている。
時代の移り変わりを身をもって体験している現在、今の子は何が楽しみなのだろう?
息子が幼い頃は確か、露天でリンゴに赤い飴をコーティングして串に刺してあるのを舐めていたように思うがこれも遠い記憶になって、あやふやである。
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# by siho306 | 2005-05-01 09:20 | Comments(2)

女性は強い?

勿論、個人差はあるだろうけど、女性は強くてしたたかなのかしらと思う。
せんじつ、妻を入院させて一人暮らしをしている男性が、毎日の食事の準備にほとほと疲れたと話された。

成れない生活で、改めて妻の有難さを痛感したと言うのである。
それを聞きながら、私は昔から男やもめにうじが湧き、女やもめは花が咲くと言うことを思い出した。妻に先立たれた夫はそのすぐ後に、妻を追うように、逝かれる話などよく聞く。
それに引き換え、夫に先立たれた妻は、少しはしょんぼりするけれど、後はケロリとして生活を楽しんでいる。
この違いは何だろうなと考える。皮肉屋の男性は、私に女はあつかましいからだと言う。
そうなのかしら?女はあつかましいの?よく分からないが忍耐強く、順応性のある女性がしたたかに生きるのだろうか?
そのしたたかな女性の一人に私も当てはまるのだろうかと思うのである。
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# by siho306 | 2005-04-30 08:59 | Comments(0)

ちょっと失敗!!

今朝はやけに鶯の谷渡りが聞こえるなと思いながら、歩いているとポツリと来た。
傘を持って出てよかったなと思いながら、傘をさして歩いていると、時折強風が、傘を飛ばしそうになる。だけどせっかく出てきたのだもの、何時ものノルマだけはこなして帰ろうと歩を進めた。
ゴールデンウイークが始まると街中の様子が変わって一人歩きはでき難くなるし、助けてくれる人たちは、それぞれ旅に出たり、お客を迎えて、私の相手をしてくれる暇はなくなるので、私は最低限、自分で出来る運動をしなければ、体重は増えるし、ストレスが溜まる。
何時もの広場にたどり着くと、御馴染みのおじさんが、危ないから、今日は早めに帰れよと忠告してくれた。でもやっとたどり着いた広場、何が何でもノルマをこなして帰らねばと風に飛ばされそうになりながら6周していざ、帰ろうとしたら、どうやら、一つ先の所で曲がったらしい。
人の気配がしたので、大声で神社の鳥居の前に出る路はここですかと聞いてみた。
いや、違いますよとその人は近づいてきてくれて、案内してあげましょうと私の手をとってくださった。
御親切に甘えて、何時も目印にしている側溝まで誘導してもらった。
風雨が強くて何時もより散歩をする人の少ない場所で、後家の頑張りで歩いたけど道に迷っちゃしょうがないなと思いながら帰宅した。
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# by siho306 | 2005-04-29 08:35 | Comments(0)

先入観

先日の訪問客の第一声は「普通の人と少しも変わらない」と言う言葉だった。
これって何?
目の不自由な者はどんな状態だと想像をしてたの?と私は考える。
私は普通の平凡な主婦です。少し目が不自由だと言うだけで、全く普通の人間だと思っているが、そうは思わない人種もあるんだなと気づかされる時である。
帰りがけの言葉が又、「私の住まいより奇麗にしてる」だった。
これは以前に訪ねてきた男性客の口からも聞かれた。
どうやら見えない者は、乱雑な部屋で埃まみれになって過ごしていると思い込んでいるらしい様子である。
私は視覚障害者の面子にかけて言わせていただくが、物を何処に置いたかは記憶で知るしか無い身には、きちんと置いて置かねば収集がつかなくなる。多分、他の障害者たちも整頓はしていると思う。
と大きなことは言うけど、急ぐ時などは、ついそこらに置いたままにして、後から大騒ぎをして探さねばならない事も多いのだが・・・。

障害者と触れ合う経験をしたことの無い人にはやはり、先入観があって、異人種という眼鏡で見るのが普通なのかも知れない。
この考え方を改めて貰うためにも、私は矢張り、出来るだけ外へ出て、皆さんと接する機会を持たねばならないなと思うのである。
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# by siho306 | 2005-04-28 09:01 | Comments(2)

取材


Y新聞のレポーターと称する女性から取材の申し込みの電話が入った。
視覚障害を持つ私がホームページを持っているとの情報を聞いたのでと言う彼女に、私はモウ、普通のことで、多くの視覚障害者がホームページを開いているので、それは話の種にはなりませんよと伝えた。
デモ取材をしたいと言う彼女にそれでは、来宅の前に、私のブログかホームページを読んでからの方が、早分かりです。と言った。
彼女自身はパソコンの操作はしないそうで、家人に開いてもらって読んでみるとのことだった。
その翌日、再び電話で私のブログを少し読んで、よく分かったので写真を撮りに来ると言う。
約束の時間に現れた彼女が、誰かにプリントアウトしてもらった、私の雑文を持参し、こんなに多くのものは読めないので少しだけ読んだが、変な字が書いてあるとおっしゃる。
あわただしく書き込みをする私が、変換ミスをしているのを指摘して下さっていることが分かり、ありがたくご指摘を感謝した。

そして彼女流の取材をなさるのを受けながら、どうにもツーカーで会話が進まないことに私は少し、もどかしかった。
私の嫌いな写真もどうにか撮り終えて帰る彼女に原稿は何字くらいのものになさるのですかと尋ねると480字から600字くらいだと答えてくださった。
わずか500字くらいで私をどう表現なさるのか記事として掲載される前に、読ませてもらいたいと思う私は生意気なのだろうか?文章を書く練習をして、レポーターとしての地位を得たらしい彼女の目には、私の自己流の変換ミスの多い雑文はどうにも気になるという風に思った私は、ひねくれ者なのかも知れない。
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# by siho306 | 2005-04-27 08:45 | Comments(2)

事故多発

雨の朝を迎えた。
ウオーキングは取りやめにしなければならない。
流れてくるニュースは昨日発声した脱線事故の様子。
犠牲者の名前、年齢を聞いていてたまらなくなる。
それぞれの場所で、大切な人たちだろう。
これは明らかに人災と呼べるものだと思う。
その電車に乗るはづで無かった人がたまたまそれに乗って事故にあったと話される家族の話を聞き、これってやっぱり運命とでも言うべきものだろうかと考え込む。運命は自分の努力だけではどうにもならない面があることは、私の少ない人生経験でデモ感じているがこのような、心の準備の無い状態で別れを迎えた方たちの思いはどんなだろうと思う。
又、怪我をした人には後遺症として障害が残るかも知れない。
これをどのように受け止めて、後の人生を歩まれることになるのだろうかとつい、雨に降り込められた私は思うのである。
そこへ又、フランスで日本人旅行客が二人事故死し怪我の人も出ていると言う。
楽かるべき観光旅行がこのような結末を結ぶことになって、さぞ無念で亜ロウ。
ゴールデンウイークで行楽に出かける人も多くなる時期、皆さんがご無事であることを願うのみである。
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# by siho306 | 2005-04-26 08:34 | Comments(0)

ボランティア

三年前から知り合った健常者のダンス愛好グループに指導、お相手をしてもらっている私たち視覚障害者のグループが交流を兼ねて宿泊研修会を持った。

県内の山際に近い宿には遅咲きの桜も未だ、あるらしく、宿は賑わっていた。
健常者のグループには三組のご夫婦とシングルで参加の方。
障害者の方は一組だけがご夫婦で後はシングル参加者だった。
健常者のグループがいろいろと下準備をしてくださり、われわれ障害者はまことに快適な時間を過ごすことが出来た。
部屋割りも障害者に必ず健常者を配すると言う気配りで、私たちは入浴の際も何の心配も無く過ごせたのだが、健常者のグループはさぞ、お疲れのことだったろうと思う。
三組のご夫婦にそれぞれのタイプの違いを楽しく見せてもらい、私はどのペアに属していたかしら?などと一人で反省していた。
そして思ったのだが、今回あまりにも気を使ってもらったことに対して、申し訳なさと共にもっと気軽に力を抜いてお付き合いをしていただきたいなの感があった。
ボランティアをすると言う気負いの中で、いろんなことに配慮をなさりすぎているのが心苦しく思えた。
贅沢な思いだがお互いに力を入れずにタンタント不自由を感じていることのみに手を貸して下さるような関係を作り出すように努力をしていきたいなとしみじみ思った。
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# by siho306 | 2005-04-25 08:35 | Comments(0)

愛称

朝の家事を終えて、パソコンの前に座る時には、その日にブログに書こうと思うことはなんとなく、考えているのだが、今日は違う。
朝から散歩の時にいろんな話を聞きすぎて、まとまらない。
今朝の公園はやけに人が多かった。土曜日で晴れているせいか散歩を楽しむ人が多かった。
と言うことは私に話しかけてくださる人も多いと言うことになる。
あり難い事であった。手を引いてくださった人と、夢中でその人のお話を聞いている時に、すれ違いざまに私の幼い時の愛称で呼びかけてくれる人があったけなと思い出した。
そうだ、今日はこの名前の呼びかたにしようと思いついた。
私は婚約時代が割合と長かったので、婚家の人たちからチャン付けで呼ばれていた。
それが結婚してしばらくしてから舅がモウお嫁さんになったのだから、これからはさん付けで呼ぶ事にしようと言い出された。
これは多分、何時までも嫁としての自覚の無い私に、自覚を持たせるための提言だったと思う。
それ以来、私の幼名をチャン付けで呼ぶ人はだんだん少なくなっていった。その幼名をチャン付けで呼んでくれたのはもしかして、従兄弟のJチャンだったかなと気がついた。
長く会っていなかったけど、顔を見て、声をかけてくれたのに違いない。
ハーイと返事のみで別れたが、少し懐かしい思いがする。
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# by siho306 | 2005-04-23 08:56 | Comments(2)

電池交換

昨年の春に手に入れた音声万歩計が変な数字を報告し始めた。おかしいなと思いながら気がついた。
仕様書を読んだときに半年位で電池が切れる。と書いてあった。
手に入れて珍しい間はせっせと持ち歩いたが、その内にこれだけ歩けば何歩になると言う事が分かったからは放り出していた。
ところが、春になってちょっと変わった所を歩くことがあり、最近又腰につけてはかり始めると、どうやら変な数字を言う。
電池が無くなってきたのだ。この電池交換はどうやってするのかちょっと分からない。それに電池も単?とか言う形態の電池で無いらしい。
どうやらボタン式の電池らしいので、街中の小さなお店に入り、電池を交換して欲しいとお願いした。店番をしていた女性が中を見て、この番号に該当する電池は店に無いというようなことを言いながらいろいろと触ってくれているようだった。
そんな難しい物が入っているわけが無いと思うが、何とも言えない。
やっと分かりましたと彼女が電池を交換してくれたが、音声ガイドが無い。
じゃあ、入れ方が違ったのかも知れないと、やり直してもらって、使用できる状態になった。
メカに弱い私は今朝も使っているパソコンの音声の反応が遅く、文章が書けない状態になった。
いらいらしながらSOSを出して、パソコンのお助けマンをよんで見てもらうとメンテナンスの必要な状態になっていると言う。
このメンテナンスも画面の見えない私では一人で出来ない。やっとお助けマンに手伝ってもらって、これが書けるようになった。
自分一人では何も出来ない私、いろいろな人の助けを受けて生きていけることに深く感謝している。
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# by siho306 | 2005-04-22 11:54 | Comments(0)

花の季節

絨毯のように花びらの敷き詰められた後を踏みながら、朝の散歩仲間と話し合った。
「今年の桜は良かったね」と・・・。
開花まで気を持たせて、咲き始めると晴れの寒い日が続き、お花見期間は何時もより長かったように感じている。
私はモウお花を見ることは出来なくなっているが、毎朝その日の開花状態を説明してもらいながら、この日々を過ごした。宴が盛んな頃は、朝の6時にモウ席取りがしてあるとか、昨夜のゴミが山のようだとかいろいろな話を聞きながらあのブロッサムという言葉のような枝の先まで満開の花がびっしりついている様子を頭に描きながら歩いた。
満開の頃は昼にも一度公園を訪れ、花の下でたこ焼きも食べた。花より団子の気分も味わったのだ。
花びらの落ちる頃になると、息子が幼稚園へ通い始めた頃、帰って来た彼の靴底に花びらが一枚貼り付いていたのを何処を歩いてきたのだろうと、ほほえましく思ったのを思い出す。
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# by siho306 | 2005-04-21 09:43 | Comments(0)