ツッパリで無いんだけど

ここのところ、二回ほどボランティアとの交流会と言うものに参加をした。
そこで思ったことを一つ、つぶやかせてもらおう。
最初の、こじんまりした交流会でのこと、先ず自己紹介をと言われ、私は例のごとく目下、花のシングルライフを楽しんでいると言った。
すると、隣席の人が、「そう思わなきゃやれないわね」と言われるのが耳に飛び込んできた。
私は強がりでも、突っ張っている気でもなく、今の生活が、わずらわせられる何も無く、第2の青春だと思って満喫している。
でも、見る人によっては、障害者の一人暮らしを哀れな存在と認識して、私の言い方はツッパリと感じられての言葉だったのだろう。
このような言葉を聞くと、私は寂しくなるのである。
何時も言うけれど、私は見えないことは確かに不自由である。けれど決して自分は哀れな存在とは思っていない。
私の生活ぶりを見て、お手本にしたいとお世辞かも知れないが言ってくださる、若い人もお友達もいる。
不自由に感じることを助けていただいて、精一杯生きている。
そして、ボランティアとの交流会にも出来るだけ参加をして多くの出会いを持つ。
ボランティアをしてくださる人々にもいろんな考えを持って参加をしてくださっているのは理解できる。「このようなことで人を助けて揚げられるのが分かって、嬉しくてトラベルボランティアをしてる」といってくださる方もある。
前述の人のように、頭から、障害者を哀れな存在と思って、ボランティアをなさる人もある。
出来ることなら、障害者は哀れな存在と思わずに、不自由していることを助けていただきたいなと思うのである。
そう思う私は思い上がりの強い人間なのだろうか?と反省もしてみる。
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# by siho306 | 2005-07-05 07:40 | Comments(0)

ボランティアとの交流会

例年の行事の一つとして、私の住む県では音訳ボランティアと点訳ボランティアそれを利用する者達の交流会がこの季節にある。
私はここ2・3年参加をしていなかったが今回出かけた。
先ず、受付で音訳の部会か点訳の部会かを申し出て、部会別に意見を交換するのだが、音訳を利用する者が圧倒的に多くて点訳の部会への希望者が少ない。
それほど点字離れが進んでいると言うことになるのだろう。
最初私も音訳の部への参加を表明したのであるが、たってと望まれて点訳の部へ変更した。
ボランティアと利用者がいろいろと意見交換をしたが、私のような高齢になってから点字をマスターする者が少ないので私なりの意見を述べた。
文学書等は音訳のテープCDを利用する方が遥かに楽で楽しいが、墨字が読めなくなった者は最低限メモをとるくらいの点字をマスターすべきだと思う。
パソコンやテープでの記録は楽でたやすいが、それらの道具?が無い時には矢張り簡単な機器で打てる点字は便利である。そして証書などの発効日、金額などをメモって置いた紙片を添えておけば、人手を借りずに自分で処理が出来る。
点字離れが多いとは言っても四角を頼れなくなった身には触覚で読める点字は有難い存在だと思う。
意見交換の後、番号で組み合わせを決めたボランティアと利用者のペアが今回は県立近代美術館へ繰り出し、そこで展示物の説明をしてもらいながら交流を深めて帰宅した。
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# by siho306 | 2005-07-04 07:58 | Comments(0)

海水浴

海開きのニュースが聞かれる頃になった。
私の子供の頃の夏休みの最大のレジャーといえば海水浴だった。
ひと夏に2・3回JRで五つくらいの駅を通った浜へ行った。波打ち際には小指の爪ほどの小さな白い貝が一杯あった。それが今、気がつくと一つも無くなっている。あの貝は何処へ消え去ったのだろう。
戦争が厳しくなり、都市に空襲が始った頃には湾内に機雷が投下されているからとのことで海水浴は禁止だった。
平和になって初めて海水浴に出かけた年はJRは客車でなく、コンテナというのだろうか全く窓の無い貨物列車で出かけた。
夏に海水浴をしておけば、冬、風邪をひかないからと言われて海水浴に出かけた。
帰ってからは赤く日焼けした肩などが水ぶくれになり、新じゃがの皮を剥くように剥けた。
今は車で出かける時代である。
私の祖母が話してくれたのを思い出すと、彼女たちは浜まで歩いて海水浴に行ったと言っていた。何気なく聞き流していたが、その頃のお話をもっとよく聞いておけば良かったと今は思う。
海開きのニュースを聞いてちょっと懐かしくなった。
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# by siho306 | 2005-07-02 09:00 | Comments(0)

経木

雨の晴れ間に、住民検診の結果を聞きに行ってきた。
血液検査と尿検査の値は正常だとの報告を受けた。
しいて言えばコレステロールの値が高めだから脂っこい食事は撮らない様にとの助言だった。
私は何時も検診の時期になると体重がオーバーだと言われはしないかと心配する。
何しろ海外へ出ると2キロは増えて帰る。帰宅して必死に減量を試みるが減らすのはたやすいことでなく、年々少しづつ増えていくのが悩みである。
 何を食べても美味しいし美味しく食べられることが嬉しい。
帰宅が丁度お昼近くになったので、近所の肉屋さんで揚げた手のコロッケを買いたいと思った。
何時も匂いだけかぎ、一人ではお店の入り口が分からず、横目で通り過ぎているお店なので今日のようにお連れのある時に、寄ってもらうようにお願いした。
同行者もじゃあ、私も買うわとなり、ここのお店のピーマンの肉詰めも美味しいというので、それも求めた。
小さなお店でご夫婦でやっているお店だった。
帰宅して揚げたての包みを開けると、昔ながらの「経木」に包んであった。
そう言えば昔はお肉も「経木」で包んであった。今のようなプラスチックのトレーでは無かった。
あの個人の小さな肉屋さんも頑張ってお店を続けて欲しいなと思いながら熱々のコロッケとピーマンの肉詰めを美味しくいただいた。
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# by siho306 | 2005-07-01 09:02 | Comments(0)

今度は大雨

水不足だと騒いだのは数日前。
今度は大雨洪水警報である。今朝、2時過ぎに目覚めた頃から雨音が大きい。
その上、雷鳴も遠くに聞こえていたのが4時代には凄い響きである。
まるで梅雨末期のような雷鳴と大雨。
神様は少し、水不足の場所と、余っている所を配分欲降らせてくださる事が出来ないのかしら?とちょっと不満も言いたくなる。
思い起こしてみると、昨年の6月は夏風邪の後に、帯状疱疹に悩まされた。今年はどうやら、口の端っこに「おでき」が出て、大口が開けにくい。
私にとって6月と言う月は鬼門なのだろうかと思わされる。
気がつけば今年も半分は過ぎたことになる。夏本番に備えて、エアコンの清掃も昨日、業者にしてもらった。
しっかりと気力を充実させて厳しい夏に備えなければなるまい。
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# by siho306 | 2005-06-30 08:33 | Comments(0)

地獄で仏

11時半の歯医者の予約に、余裕を見て、11時に家を出たのだが、辿った道が悪かった!!
大通りの歩道の工事を避けるつもりで、あまりのみこんでいない迷路のような裏道を選んだ。
細い路なので塀沿いに杖を滑らせながら歩いたので、どうやら違う方向に向かってしまったらしい。
右手に聞こえるはずの保育園児の声が左側で聞こえるし、様子がおかしいのに気づき、戻って大通りの車の音を頼りに、ようやく歩道に出た。
音声装置の交差点まで歩き、渡って次の歩道を歩いたのだが、これまた傘をさしてるせいか、歯医者の生垣のありかが不明で、行過ぎてしまったらしい。
誰かに聴きたくても通行人はいないし、行きつ戻りつを繰り返して、ようやく、歯医者の待合室におさまったのが27分だった。
治療を終えて帰途、どの道を選ぶべきか迷いながら音声装置のある交差点に差し掛かった時に、私の名を呼ぶ声がする。返事をして待つと知人であった。車を数メートル先に止めて、送ってあげるわと言ってくださった。これぞ地獄で仏に会ったような気持ちである。
車だとアット言う間に着いてしまった。
道路工事は今月末で終了と書いてあるそうだから、次回の通院はオオソドックスな道を選んで迷わずに行けるだろう。
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# by siho306 | 2005-06-28 07:48 | Comments(0)

交流会

小さなリュックを背負って、半日過ごしたせいか、今朝は背中にちょっと筋肉痛がある。
普段使わない筋肉を使って、歩いたせいだろ。
生協の福祉プロジェクトがクリーン作戦に便乗して、注文書をテープで利用している私たちとそのテープを作成する人との交流会があったのである。
クリーン作戦はゴミ袋の入り口を開けて、拾ってくださる人が入れやすいようにするだけのお仕事だった。
例年よりビーチにはゴミが少ないとかで松林の辺りで、燃えるゴミと燃えないものに分類して集めすぐに終わった。
交流会は会費500円を払って昼食を共にした後、話し合いを持った。
私は到着するテープに番号をつけて欲しいなどの要望を出し、2時過ぎに解散となり、迎に来てくれたサポーターに家まで送り返してもらった。

今回私をサポートしてくれた男性は、視覚障害者に接するのは初めてなので、どのようにすればいいかと問われるので、私なりの都合の良い接し方をお教えして、共に時間を過ごした。
このように学んでくださる人があれば、だんだん過ごしやすくなるのであろう。
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# by siho306 | 2005-06-27 09:12 | Comments(0)

海辺のクリーアップ

少し前に、生協の行事で、海岸のクリーン作戦をするので、参加をしないかとの誘いがあった。
何の予定も無い日だったのでOKの返事をした。
それが今日である。
昨日から猛暑並みの気温、今更嫌とは言えず、目下日焼け止めにかかって、お迎え予定の9時半を待たねばならない。
昨日から、ビーチサンダルやら、ミニのキュロットスカートやらを探すのにウロチョロして二汗くらいかいた。
昨年の夏はリトアニアのバルト海の砂浜で、砂中ウオーキングをして以来のビーチである。
我が故郷の海辺でゴミなど私に拾えるわけは無いが、オゾンの一杯な空気を満喫してこよう!!
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# by siho306 | 2005-06-26 08:09 | Comments(0)

おかしな世の中

今朝の目覚めは爽やかとは言えなかった。
瞼が重いし、気分も優れない。
なぜかしら?と考えてみる。
ラジオやTVの討論会など聞いて、一人で憤慨しているからかな?と思ったりする。
15才の少年が親に対する不満から両親を殺害したなんて、昔では考えられないことではないか?
誰かが昔は親に対して不満だったら家出をしたものだと言う。今では殺すと言う手段になるなんて、おかしいな?と思う。
少子化問題で若い女性は行政や近所が子育てを援助してくれないと言っていた。
人を当てにするなんてとんでもないと私は思う。
何かがおかしい。
そして憤慨している私もおかしいのかも知れない。
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# by siho306 | 2005-06-25 08:56 | Comments(1)

若い人

四十代に差し掛かった頃だったろうか?当事、所属していたサークルで、「若い人」と呼びかけられた。
皮肉屋の夫に、若い人って言われるのよと告げると、彼は「そう言われる年代に入ったのかと笑った。
単純な私は若い人と言われることに少し気分を良くしていたのだが、反対の見方もあることを知った。
高齢者の多い朝の公演で、私が自分で第一の関所と名づけている場所で方角を探っている時に、この二日間手を差し伸べてくれる「若い人」がある。
珍しいことである。
前に私のような者に声をかけるには勇気が要りますと言ってくれた人もある。
その勇気で手を差し伸べてくださるのは嬉しい。
先日のラジオで下りのエスカレーターに乗るタイミングが怖くてためらっている高齢の女性に「若い男性」が手をとり「一、二、三」と声をかけて乗せてあげる姿を目撃したと言う投書があった。
聞いていて良いお話しだなと感じた。
殺伐としたニュースの多い中でほのぼのとするお話だった。
今の若い男性の中にも素敵な振る舞いをする人があるのに嬉しかった。
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# by siho306 | 2005-06-24 08:40 | Comments(0)